かつての千住では、駄菓子屋の鉄板を囲んで子ども達が「ボッタ」を介してコミュニケーションを育んでいた。食べる人、焼く人、見ている人、鉄板の周りではそんな子どもたちでコミュニティが形成されていく。私は、このコミュニケーションを「ボッタ」コミュニケーションと呼ぶことにした。そして、この「ボッタ」コミュニケーションの現代版のサウンドを千住の音の作品にすることにしてから1年以上が過ぎた。その作品のタイトルが”tsu-na-ga-ruのボッタ”である。
今回は、この作品の原点である「ボッタ」コミュニケーションについて、公演という形式で表現した。
会場は古民家
2018年2月25日、曇天ではあるが雨の心配はない。会場となる「仲町の家」は千住の古民家だ。門には「あの千住のボッタが帰ってきた!」の看板がある。この門を入り庭の石畳を歩くと忘れかけていた草木の香りが感じられ心が落ち着く。そして、そこを抜けると古い木造の民家の大きな玄関が現れ、その前にはボッタのイラストが描かれた黒板がある。広い玄関で靴を脱ぎ受付を済ますと8畳間と縁側がある10畳間をつなげた空間が現れる。そんな日本情緒あふれる空間での公演となった。
開演前の緊張
開場の4:00p.m.ジャストに最初の来場者。受付でアンケートボードを渡して席に案内する。開演までの30分、正面のスクリーンには、「アートアクセス足立 音まち千住の縁・千住タウンレーベル」が2018年1月21日に実施した「音盤千住Vol.1」のレコード発表イベント「聴きめぐり千住!」のプロモーションビデオが繰り返し上映されている。
そして、予定通り開演5分前に映像が消えた。ほんの少しの間をとり、開演前のアナウンスを声優の滝口さんに指示した。読み終えると進行管理の村瀬さんは照明を切り替えた。ここまで、すべてが予定通り機能していることに安堵した。
タコテ座の演奏で開演だ!
開演時間の4:30p.m.、オープニングミュージックのタコテ座へ指示を出した。さあ、開演だ。
タコテ座が手にしている楽器は、鍵盤ハーモニカ、マラカス、ブリキの小さな鉄琴、アコースティックギター、篠笛。どれもよく聴く楽器の音だがその音が重なることで心地よい音楽になってくる。音楽が終わると私の出番だ。実は開演前に決めていたことがある。矢沢永吉のコンサートで「永ちゃん!永ちゃん!」と会場にファンの声が響き渡っているのと同じように「Bonちゃん!」コールをしてもらうこと。でも、ここでハプニング。マイクのケーブルが短くてセンターへ行けない。下手寄りにとどまるしかないと諦め、会場に目を移すと想像した以上の来場者数、席がほぼ埋まっているではないか。会場からの大きな圧力を感じた。圧力に負けまいと「Bonちゃん!」コールを促してみる。するとみんなが応えてくれた。嬉しさのあまりビリビリと心がしびれるのと同時に少しだけ肩の力が抜けた。ここで話さなければならないのは「ボッタ」のことだが、リハーサルでの影絵の時間を考えると急ぎ足でなければならない。慌てて話してしまったので伝わっているだろうかと不安になるが、なんとか影絵人形劇につないだ。
伊藤行也作の影絵人形劇に酔いしれる
影絵人形劇は伊藤行也さんの新作である。影絵人形を操るのは伊藤さんと3人の仲間たち。そして、声を担当するのはタコテ座の5人と桃芳さん。計10人の劇団だ。タコテ座は音楽と効果音も担当する。物語は高度成長期の千住の駄菓子屋を舞台に子どもたちを中心にした人間模様を描いたもの。子どもにもわかりやすいストーリだったのか最前列に座っていた小さい女の子がスクリーンに集中している。身近なものを使った効果音、画面転換のときの音楽、そんなタコテ座の作り出す音と影絵人形の動きがシンクロしてイメージが膨らむ。そして、モノクロのはずの影絵のスクリーンがストーリーを重ねて発色しているように見え、まるでタイムスリップして過去の千住に帰ってきたように感じる。
そんな影絵に酔いしれていたら、耳元で村瀬さんが「時間、押しています。」と告げてくれた。ふと現実に戻り、次の司会進行を組み立てた。
そして、影絵人形劇が終わり、キャストを紹介した。タコテ座の5名、滝口桃芳さん、影絵を操作していた伊藤行也とその仲間たちの4名は人形を持って現れた。キャストは、みんなやりきった感が表情に溢れていて晴れやかだった。
アサダワタルのトーク&ミニライブ
キャスト紹介に続いて、サウンドトラック”tsu-na-ga-ruのボッタ”の成り立ちお話しした次は、トークゲストのアサダワタルさんの紹介である。
ここで、開演前に「音盤千住Vol.1」のレコード発表イベント「聴きめぐり千住!」のプロモーションビデオが上映されていたのを思い出して欲しい。当公演企画のきっかけとなった”tsu-na-ga-ruのボッタ”は、この「音盤千住Vol.1」に収録されている。そして、そのディレクターがアサダワタルさんなのだ。
アサダさんを紹介している間に、村瀬さんは座布団を準備して、BGMに「音盤千住Vol.1」を流す。少しバタバタしたがアサダさんのトークが始まる。
まずは、「千住タウンレーベル」の活動の説明をしていただいて、BGMが”tsu-na-ga-ruのボッタ”のトラックに差し掛かるとみんなで聴いた。自分の作品を多くの人が静かに聴いてくれるのが嬉しかったし快感だった。「ボッタ」について対話を少ししたあとに「他のトラックも聴いてみよう」ということで、レコードプレーヤーの場所を動かしアサダさんが操作しやすい場所へ移動。そのほかのトラックを聴かせながらそれぞれの制作者の千住の見方をお話してくれた。
最後にアサダさんの希望でミニライブコンサートになった。ギターの演奏と歌は、「音盤千住Vol.1」の音で千住の音景色を楽しんでいた会場をアサダワタルの音景色に一変させていた。
タコテ座の音楽で終演
アサダワタルさんのトークの後は、「音盤千住Vol.1」がCDやオンライン配信でなく、あまり見かけなくなったレコードという媒体を選択した理由を話した。それは、レコードを再生できる機材が家庭になかなかないからこそ、聴ける場に集まりコミュニケーションが生まれるということだ。そして、それが「ボッタ」コミュニケーションに替わる現代のコミュニケーションのひとつと言えるし、将来はもっと違った形になるかもしれにが楽しみだという気持ちを話した。そして、タコテ座のクロージングミュージックへとつないだ。さあここで、出番は終了だ。
スクリーン裏に戻り、タコテ座のサウンドを聴いていた。終わりかと思うと感慨深く聴きいった。そんな時、耳元で村瀬さんが「アナウンスのキューを出してください」と告げてくれた。我にかえり音楽の流れを聴きタイミングを計り指示を出した。桃芳さんは影絵の登場人物の声で「音盤千住Vol.1」の問い合わせとアンケートのお願いなどを影絵人形劇の物語に沿うようにアレンジして終演のアナウンスをした。
これで終演、前に立ち、お客様に頭を下げてお礼。本当にありがとう。ありがとうございました。そして、頭を下げながら、このありがとうはお客様だけではなく協働してくれた全員に送りたい。加えて、企画からこれまでに起こった偶然とも言えるtsu-na-ga-ruの出来事の数々に送りたいと思っていた。
おわりに
今回は、主催者および事務局のほか、「アートアクセス足立 音まち千住の縁」、「隅田川 森羅万象 墨に夢」、「三鷹アートコミュニケーションズ」、「某高校同窓会」とのtsu-na-ga-ruで、公演が実現いたしました。ご尽力いただいた皆様に心から感謝いたします。
これからも「tsu-na-ga-ru」をテーマにアート・コミュニケーションを編集する活動を続け、さまざまなイベントを企てていきます。
アート・コミュニケーション・エディター Bon Numatta(沼田直由)