今回、企画を通じて一番伝えたかったことは、作品を”鑑賞”することは「そのモノが持つ本質的な価値を考えること」だということ。そして、それは何も芸術作品だけでなく、もっと身近なものにもその視点を持つことが大切だということだ。
企画の内容としては、最初に短編アニメーション作品をみんなで鑑賞して、感じたことやどんな風に見たかということを聞いていく。次に、彼らの商品・製品を見て、参加者から感じたことなどを聞く。最後に作家自身から商品・製品の解説を聞く、という構成で進めた。
最初に短編アニメーション作品を鑑賞したのは、作品を”鑑賞”する視点に持っていくためだ。もちろん、絵画などの作品でも良かったが、福島にいながら作品を集めて、展示するということを考えるとデジタルの作品が扱いやすいし、個人的にもアニメーション作品が好きだったからだ。
僕は、福島に移住してから1年半ほど経った。その間、福島在住の芸術家にはなかなかお会いできなかったけど、福島で新しい価値を生み出すような仕事をする人たちにはたくさん出会った。そして、彼らの商品・製品には哲学や思想が宿っていて、鑑賞する価値があると感じた。
それらは、芸術作品ではないけれど、高度な技術や知識や哲学や思想によって生み出されたモノたち。”仕事”に分類されてしまったとたん、じっくり、ゆっくり見てもらうことがなかなかできなくなってしまうモノたち。そこに焦点をあてて紹介していきたいと思った。
だから、”芸術と技術のあいだ展”。
短編アニメーション『魚に似た唄』『オオカミとブタ』コマドリスト 竹内泰人
今回上映した短編アニメーション作品は竹内泰人さんの『魚に似た唄』『オオカミとブタ』の2作品だ。
『魚に似た唄』は、東京の古い木造アパートを連想させる空間の中で、感情の起伏をあまり感じない表情の人形と、床や壁や人の中でゆらゆらと泳いで行く魚とでストーリーが展開していく。天井まで届くほど大きくなってしまった主人公の身長や、自分で窓を開けて外から入ってくる大きな魚など、現実の描写ではないところから、現実と空想が入り混じった不思議な世界に入ってしまう。
「この作品をつくるためにどれだけの時間を要したんだろう。」「自分が昔住んでいたアパートを思い出して、一人暮らしで寂しいような、かといって不満があるわけでもないような、そんな気持ちを思い出しました。」「暗い部分もあるけど、最後には明るい光に向かっていったような感じがした。」
参加者のみなさんからは、こんな声が聞けた。
アニメーション作品を鑑賞したことで、このギャラリー全体が非日常的空間に変わって、参加者のみなさんは鑑賞モードに入ってくれたようだった。
OPTICAL YABUUCHI 藪内義久
藪内さんからは、木を使ったハンドメイドの眼鏡フレームを展示していただいた。この眼鏡は、金属も接着剤も使わない「No metal,No glue」の木製フレームだ。
セレクトショップでありながら、自分でつくる技術を手放すことなく、1人の職人として在り続ける藪内さんの思想に興味が湧く。
(藪内さん)「人間の手でしか作れないものを生み出したいんです。」
今回の展示は、使用する木材、道具、デザイン画など、制作工程がわかるような展示にして頂いた。木の断片から、眼鏡という造形に変化していく過程がわかる。指先から生み出される掛け心地の良いカーブ、肌に触れる部分の滑らかさ。この眼鏡には、プロダクトデザインに対する藪内さんの想いが表現されている。
(藪内さん)「1つのオーダーを受けて、商品を作り終えるたときは、この眼鏡を手放したくない気持ちになります。そういう思い入れができるところまで仕上げて、お客様にお渡ししています。」
この日、鑑賞とご本人の解説から読み解いていった”木製フレームの眼鏡”という商品は、1つの作品に昇華されていった。
Helvetica Design 佐藤哲也
佐藤さんの展示は、公益財団法人DNP文化振興財団CCGA現代アートグラフィックセンターの『少数精鋭の色たち―DNPグラフィックデザイン・アーカイブより』という企画展のために制作されたポスターだ。
このポスターは、CMKS(シアン、マゼンダ、ブラック、シルバー)の4色のドットが少しずつずらされていて、全体としてはグラデーションがかかったような、淡い色合いに見える。でも、近づいてみるとはっきりとした色合いのドットが並んでいて、目の錯覚によってぼやっとした印象を受けるのだと気づく。
揺れる心のようなバグを歪み(モアレ)として表現したのだそうだ。
(佐藤さん)「ポスターはその時代の政治背景や経済など、様々な境遇の中で作られてきました。この展覧会では、そういう過去の歴史も想像しながら、デザイナーたちが自分の技術を使ってどう表現してきたかということがわかる展覧会だと思います。」
今回、鑑賞対象としたポスターは、展覧会が持つコンセプトから着想したデザイナーの思想と、それを紙に落とし込む印刷技術で生み出されたものだった。
鑑賞対象としたポスター以外にも、これまで手がけてきた紙もののデザインや、商品・製品のパッケージデザインなどHelvetica design.incの仕事は多岐に渡る。
(佐藤さん)「うちはこうだよっていうのを持たないデザイン事務所にしたいんですよね。」
という佐藤さんの言葉通り、手掛けているデザインの幅の広さが伺える。今、地方に必要なデザインは、地域に生じている多様な課題に対して、それぞれ的確な解決策を提示できる能力なのかもしれない。
ecru 梶原映実
梶原さんが展示してくれた作品は、山形で行われた結婚式の一幕が映し出された写真。準備が整った会場で、新郎と新婦が向き合って佇んでいる様子。
参加者のみなさんからは、「しっとりとした雰囲気を感じる。」「新郎の表情から、何か決意したような凛々しさを感じる。」「なぜ林檎を持っているのかな?」というような声が聞けた。
写真の中で、鑑賞した全員が不思議に思ったのは、新郎が手に持っている真っ赤な林檎のこと。
梶原さんから、こんなエピソードを聞くことができた。
(梶原さん)「新婦のご両親は果樹園を営んでいたんです。ですが、お父様は既にご他界されてしまっていて。林檎を収穫して、家族みんなで木箱に詰めていく作業のときが、忙しいお父様が娘と会話できる唯一の時間だったそうです。そういう、新婦側の家族の想いを受け継いで、これから支えていくんだという新郎の決意が表れた場面の写真なんです。」
参加者の方が読み取っていた新郎の決意とは、このことだったんだ。お答え頂いた参加者の方の表情を見ると、自分が読み取った情報が、梶原さんの解説と重なって、心の奥でじわっと感じ取ってくれているようだった。
梶原さんが手掛けてきた結婚式はたくさんあるけれど、たった1枚の写真から、こんな素敵なエピソードに辿り着くことができた。これまで、どれだけたくさんの素敵な夫婦が生まれていったのだろうと想いを馳せてしまう、そんな展示だった。
カタル葉 穴澤史緒
穴澤さんには、公開制作という形で、午前中一杯かけて、植物による空間装飾をお願いした。今回お呼びした方の中で、一番芸術に近かったかもしれない。
(穴澤さん)「今回は、柱を使った展示ということで、使える空間の広さと丸1日耐えられる花材の選定など、技術面から考えた上で、フラワーウォールのようなものを作ろうと考えました。」
今回、企画の打ち合わせの段階で、穴澤さんから「リースなど、普段売っている商品を展示しますか?それとも、何か制作のような感じですか?」と質問を頂いたとき、”制作”の方が企画の趣旨に合うし、穴澤さんなら技術的にもできるだろうと思い、”制作”でお願いした。
流線型の枝たちが複雑に絡み合い、どとらかといえば燻んだ色合いの花材たちが、床から天井に向かって力強く伸びていく。そこから感じる生命力が少しはみ出して、ギャラリー内の扉の方に触覚にように伸びている。そんな作品になった。参加者の1人からは「悍ましいような感じがする。」という声も。
(穴澤さん)「特にテーマとかはなく、衝動的につくりました。読み手がどう捉えるかは、その人次第なので、それぞれの解釈で楽しんでもらえれば。」
今回、僕が穴澤さんに依頼したような”制作”は、普通の花屋さんではできないと思う。穴澤さんのどこかに、制作欲みたいなものを感じたから依頼したんだ。彼は、まさに”芸術と技術のあいだ”で生きているようだった。
さいごに
今回、企画に参加してくれた皆様に改めてお礼申し上げます。ふくしま空間創造舎では、今後も福島のまちの中に、新しい価値を生み出す空間を少しずつつくっていきます。これからも、新しい価値を生み出すような仕事をしている方々に取材を続けつつ、彼らとリアルに出会える場をつくることで、福島での暮らしを豊かにしていきます。
アート・コミュニケータ 上神田健太(ふくしま空間創造舎)
photo by スガノ ユウヤ
今回参加者の方々から頂いた感想↓
・大変楽しく、かつとても勉強になりました。また、こんな素敵な空間をつくってほしい。
・何気ない気持ちでモノ・コトを観察できました。
・最初に作品を見てから、製作者の話を聞くというのは斬新だった。クロストークがもっとあってもよかった。
・おもしろい映像作品、おもしろい人・場所だったと思うので、もっと深く掘り下げる進行だとさらに楽しめたかと思います。でもありがとう。
・新しい試みだったと思う。もやっと感が残った。
・素晴らしいお仕事をされている「人」の理由を少しでも感じたかったので、とても楽しかったです。
・1つのものに対する視点・思い出・想いなど、多面性があると感じました。それをどう捉えるかは自由意志。
・ヘルベチカさんのお仕事の展示が鑑賞性が高く美術展を見ているようだった。
・ぼやっとした感じから、どこにいくかわからない流れの中で人の話を聞くのが気持ちよかったです。
・自分の結婚式でお世話になった梶原さんと穴澤先生2人のお話が聞けるということでとっても楽し みにしていました。少人数なのでみなさんの意見も聞きながら作品を鑑賞できておもしろかったで す。また是非開催してください。ありがとうございました。
・作品を見ることに集中できた貴重な時間でした。
・新しい視点でお花や結婚式を見れて新鮮でした。
・結婚式や花などにもつくった人の考えや感じ方が込められていて驚きました。
・販売や教室と違いトークが楽しかったです。
・自分もつくる仕事をしているので、とても興味があり参加しました。いろんな「作る」を見れて・聞け てよかったです。
・芸術というものは多くの方にとって敷居がた高く、特に地方に住む方にとっては身近に感じにくいと 思います。今回のように地方で、参加型で能動的に関われる機会があるのはいいことだと思いまし た。